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日本における体操の成立と嘉納治五郎

    日本における体操の成立と嘉納治五郎

    :身体運動に対する思想と資本としての人的ネットワーク 1.嘉納治五郎による大日本体育協会の構想と今日的課題 1909(明治42)年、嘉納治五郎(東京高等師範学校校長)は、IOC総会(ベルリン)においてアジアで初めてIOC委員に選出された。嘉納は、オリンピックに参加すべく、1911(明治44)年7月、大日本体育協会を創立し、自ら初代会長に就任した。そして、10月7日、「日本体育協会の創立とストックホルムオリンピック大会予選会開催に関する趣意書」を提示した。そこには、以下のように書かれている。 国家の盛衰は国民精神の消長に因り 国民精神の消長は国民体力の強弱に関係し 国民体力の強弱は其国民たる個...

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